打ち込むことがあるって素晴らしい

小さい頃や思春期は、何かに打ち込んでいたはずだ。

野球やサッカーなどのスポーツ、ピアノやバイオリンのレッスン、鉄道や乗り物などもそうだ。

毎日、打ち込んでいるものについて学び、実践し、経験を積むために頑張っていただろう。

では、今はどうだろうか。

平日は会社との往復で、帰ってきてご飯を食べたらもう夜遅くなっている。

休日は体を休めるためにお昼まで寝ていて、起きて外出すればすぐに夕方になっている。

そんな生活の繰り返しにある時気づいて、ふと我に返り

「一体何をしてるんだろう」

と、思ってしまうことがあるはずだ。

つまり、自分は何が好きで、何にエネルギーを注げばいいのか分からなくなっているのだ。

社会に出るまでは、言われなくても好きなものに打ち込んでいて時間を忘れることもあった。

なのに、社会人になってから自分を見失い、自分がやりたい事さえ分からなくなっている。

本当にもったいないことだ。

普段の生活の中で、興味を惹かれるものは何だろうか。

テレビを見て、何か引っかかるものがあれば調べてみたことがあるはずだ。

ただ、そこで重要になるのが、実際に触れるために行動してみたかどうかだ。

買えるものであれば買ってしまってもいい。

興味があるにもかかわらず、テレビを見て終わりにしてしまい、手に入れるために行動しない人が大半だ。

なぜ、動かないのか。

「どうせ買っても大したものではない」

と思ってしまうからだ。

自分が興味を引かれたものに対して、あえて否定することで行動することを妨げてしまっている。

つまり、自分のものを見る目を否定していることになるのだ。

もっと言えば、自分のことを否定していることになる。

ここが盲点だ。

実際に手に入れたこともないのに、自分の見る目を否定して手に入れることを諦める。

私たちは「諦め癖」がついているのだ。

しかも、この癖は小さい頃から積み重ねてきたものなので、なかなか気づかない。

気づけないからナチュラルに否定してしまう。

もっと自分の見る目を信じて、打ち込めるものがあれば一歩を踏み出してみることだ。

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有名な観光地でも有名でない素晴らしい場所はある

有名な観光地の代表格と言えば京都だ。

インバウンドでも大人気で、京都の街中、四条あたりは外国人だらけと言ってもいい。

東京や大阪と比較して、京都は電車網が言うほど便利ではない。

そのため、必ずと言っていいほどバスを使うことになる。

外国人は大きなスーツケースでも平気でバスに乗せようとするので、バスが発車できないという事態になることも。

「そんな大きなスーツケースどこに売ってんだ?」

と思うほど、大きなスーツケースを引きずっている外国人をよく見かける。

京都の街中は、外国人対応の表示になっていて、飲食店も多言語対応になっていることが多い。

母国語で見られる外国人にはうれしいだろうが、日本人にとっては見にくい。

そんな中で、1つのメニューだけで頑張っているお店がある。

名前こそ伏せるが、お店に訪れる外国人はほとんどいない。

韓国人を見かけるくらいだろうか。

日本家屋の中庭を眺めながらいただくのは、味だけでなく心も落ち着く。

男性には物足りない量だが、女性だと十分満たされる量になっている。

料理そのものも美味しいのは当然だが、一緒に出されるスープがこれまた美味い。

胡椒を効かせていると思われるが、旨味が強いのでさほど気にならない。

量は多くないので、すぐに食べ終わってしまうのが残念なところ。

「また来たい」

と食べ終わった瞬間に思ってしまう。

外国人が押し寄せるようになったら、うるさくて味わうどころではなかっただろう。

日本家屋の雰囲気も台無しになってしまう。

神社仏閣は昔のままの姿で遺されていたり、綺麗に再建されたり、配慮されているのを感じる。

一方で、昔からある飲食店は姿を消して、こぎれいでオシャレなカフェやレストランに変わっていく。

飲食店だからこそ、昔ながらの風情を残してほしいと思ってしまう。

歴史的な遺産は、大きな財源でもあることは十分理解できる。

一方で、歴史的な遺産が多いからこそ、街の景観にそぐわないあまりにも近代的な建造物を作ってしまうのは悲しいことだ。

有名でなくても素晴らしい場所は、そのまま残してほしい。

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